
前回の記事で、エージェントが働く様子を見守る画面を設計してみた話をしました。それより前の2026年3月に、残しておいたメモがあります。実行エンジンを自前で育てる代わりに、実行とオーケストレーションはPaperclipに任せ、自分たちはObsidianでドキュメントを書くことに集中しよう、という内容でした。
それから7か月の間に、Paperclipも、似たポジションを狙うMulticaも大きく変わりました。どちらもほぼ毎週リリースを出しているんです。そこで、当時決めた基準で2つのツールを一から比べ直してみました。
この記事の数値と機能は2026年10月20日時点のものです。どちらのプロジェクトも変化が速いので、導入前には下の参考リンクにある最新のchangelogを必ず確認してください。
3月のメモで決めた役割分担#
メモではシステムを3つの役割に分けていました。今回の比較も、この3つを基準にしています。
- 企画・ドキュメント化 — ObsidianでMarkdownを使って目標、タスク、PRDを書きます。「何を、なぜ作るのか」だけに集中します。
- 実行・オーケストレーション — 書いたタスクを作業キューに渡し、エージェントの割り当て、状態遷移、コンテキスト注入、予算管理を任せます。
- 可視化 — エージェントの状態(idle、running、blocked)を受け取り、ピクセルアートのキャラクターで表示します。
当時は2番の枠にPaperclipを入れていました。同じ枠に今Multicaを入れたら何が変わるのか、というのがこの記事の問いです。
2つのツールを一言でまとめると#
Paperclipは、AIエージェントで会社をひとつ運営するためのツールです。会社(company)を作って目標を決め、CEOエージェントを雇うと、CEOが戦略を提案し、人間が承認する仕組みです。組織図、レポートライン、予算、承認といった会社運営の概念がそのまま入っています。
Multicaは、人とエージェントがひとつのチームとして働くワークスペースです。同僚に頼むようにエージェントにIssueを割り当てると、エージェントが進捗をコメントで残し、成果を持ってきます。見た目は、LinearのようなIssueトラッカーにエージェントがチームメンバーとして加わった姿に近いです。
| 項目 | Paperclip | Multica |
|---|---|---|
| 最新リリース | v2026.1012.0(10月12日) | v0.6.4(10月20日) |
| GitHubスター | 約10.5万 | 約5.3万 |
| ライセンス | MIT | Multica License(Apache 2.0 + 追加条件) |
| スタック | TypeScript、Node.js 24+、PostgreSQL | Goバックエンド、Next.js Web、PostgreSQL 17 |
| インストール | npx paperclipai@latest onboard --yes |
Cloudに登録、またはmultica setup self-host |
| クライアント | Webボード | Web、デスクトップ(Electron)、iOSアプリ |
PaperclipはDATABASE_URLを空のままにしておくと、組み込みPostgreSQLですぐに起動します。一人で使うなら、ログイン不要のlocal_trustedモードから始めれば大丈夫です。MulticaはDocker ComposeやHelmでスタック全体を立ち上げるか、マネージドのCloudを使えばOKです。Paperclip Cloudはまだウェイトリストの段階です。
仕事を始めさせる方法が違います#
2つのツールの一番大きな違いは、エージェントがいつ目覚めるかです。この違いが、コスト、予測しやすさ、使い心地までほとんどを決めます。
Paperclip:ハートビートで目覚めます#
Paperclipのエージェントは、ハートビート(heartbeat)と呼ばれる作業サイクル単位で動きます。決まったスケジュールか、チケットの割り当てのようなイベントで目覚め、1サイクル回してまた休みます。各サイクルは実行記録、使用量、セッション状態を残すので、あとから追跡しやすいです。
5分スタートガイドもこの流れをそのままなぞります。会社を作ってCEOを雇うと最初のハートビートが走り、CEOが戦略の承認リクエストを出します。人間が承認して、ようやくボードに最初のタスクが現れます。
Multica:明示的なトリガーでしか動きません#
Multicaのドキュメントには、エージェントは自分から仕事を始めないとはっきり書かれています。実行は次の4つのどれかでしか始まりません。
- Issueの割り当て — エージェントにIssueを任せます
- @メンション — コメントでエージェントを呼びます
- チャット — エージェントと直接会話します
- オートパイロット — スケジュールやWebhookで定期的な作業を回します
ただし、「Multicaにはハートビートのようなものがない」という話は、もう正しくありません。v0.5.1(9月21日)で、コメントが付いたときや決めたスケジュールでIssueがエージェントを再び起こすウェイクアップルールが入りました。v0.6.0(9月28日)では、状態変更、サブIssueの完了、PRの変化に反応する条件付きウェイクアップまで追加されています。
Paperclip公式サイトの比較ページ(paperclip.ing/vs/multica)には、Multicaにはハートビート実行がないと書かれています。ベンダー自身が書いた比較なので、こうした最近の変化が反映されていない可能性があります。元のドキュメントと合わせて読むのがおすすめです。
@メンションの意味が正反対です#
面白い違いがひとつあります。Paperclipはv2026.1005.0で、@メンションではもう実行が始まらないように変えました。今のメンションは担当者にコンテキストを足すだけで、別のエージェントを巻き込むには、タスクを割り当てるかレビューを依頼する必要があります。
Multicaでは逆に、@メンションが仕事を引き継ぐ中心的な手段です。複数のエージェントをまとめたスクワッド(squad)にIssueを任せると、リーダーエージェントだけが目覚めます。リーダーがコンテキストを読み、コメントで適切なメンバーを@メンションして次のステップを渡す仕組みです。
お金と統制はPaperclipのほうがずっと細かいです#
エージェントを何体も動かすと、まず気になるのはコストですよね。ここで2つのツールの性格の違いが一番はっきり出ます。
Paperclip:予算上限と承認が標準です#
Paperclipでは、会社、エージェント、プロジェクト単位で予算を設定できます。警告のしきい値を超えると通知が来て、上限に達するとエージェントを自動で一時停止します。ダッシュボードには、今月の支出と予算超過の件数がすぐに表示されます。
戦略の承認やエージェントの採用といった判断は、承認キューを通ります。すべての変更は監査ログ(audit log)に残るので、何がなぜ起きたのかをあとから追えます。
ただし、v2026.1001.0から実行のデフォルトがフルオート(full-auto)に変わった点は知っておく必要があります。Claudeはapprove-all、Codexは承認とサンドボックスのバイパスがデフォルトです。Paperclip自体の承認プロセスはそのままですが、ツール側の承認ゲートが必要なら、エージェントごとに制限モードを自分で設定しなければなりません。
Multica:コストはよく見えますが、上限はありません#
Multicaもコストの可視化は着実に良くなっています。実行ログには実行ごとのコストバーとトークン、時間、モデルが表示され(v0.6.3)、Issueのサイドバーでは累積コストの曲線を見られます(v0.6.1)。Analyticsページでは、支出とエラーの推移も別々に確認できます。
ただ、公式ドキュメントとchangelogで確認した範囲では、予算上限や支出ベースの自動一時停止の機能は見つかりませんでした。コストを「見る」機能はあっても、「止める」機能は今のところPaperclipにしかない、ということです。
エージェントのつなぎ方#
Multica:自分のPCのCLIをそのまま使います#
Multicaは、サーバーが作業を記録・調整し、接続されたコンピューターのデーモンが実行を引き取ってローカルのAIコーディングツールを起動する仕組みです。コード、ファイル、各ツールの認証情報は自分のPCに残ります。ただし、エージェントのcustom_envに入れた値はサーバーに保存されるので、秘密情報は入れないほうがいいです。
対応ツールは26個もあります。Claude Code、Codex、Cursor Agent、GitHub Copilot CLI、OpenCode、Grok、Hermes、Kimi CLI、Qwen Codeといったツールが含まれます。ほとんどがセッションの再開とスキルの注入に対応しています。
2026年4月に出た比較記事では、Multicaの対応ランタイムは8個とされていました。今の公式ドキュメントでは26個なので、古い比較記事は割り引いて読むのがいいです。
Paperclip:アダプターとコネクターで幅広くつなぎます#
Paperclipはアダプターでエージェントのランタイムをつなぎます。Claude Code(claude_local)、Codex(codex_local)、Gemini CLI、Cursor、OpenCode、Pi、Hermes、Grok、Kimi Codeが標準で入っています。シェルコマンドをラップするprocess、自分のサービスをWebhookで呼ぶhttpアダプターもあるので、コーディングエージェントではないものまで「雇う」ことができます。
さらに、Paperclipが独自に実行ライフサイクルを管理するネイティブランナーが別にあり、Daytonaのようなサンドボックスでの実行にも対応しています。Slack、GitHub、Railway、Browser Use Cloudといったコネクターを権限単位で付けられるのも大きいです。コーディング以外の業務まで任せたいなら、Paperclipのほうが選択肢は広いです。
最近のリリースから読み取れる方向性#
changelogを通して読むと、2つのプロジェクトがどこへ向かっているかが見えてきます。
Paperclipは重さを削っています#
Paperclipによくある批判は「ガバナンスモデルが複雑だ」というものでした。最近のリリースは、この批判に応える方向です。
- デフォルト指示の大幅な削減 — v2026.1012.0で、CEOのデフォルト指示が約1,900語から20語に減りました。標準の計画スキルも400語程度まで軽くなっています。
- チャット中心の画面 — Agent Chatがナビゲーションの先頭に来ました。Inboxとタスク一覧をまとめる実験的な設定も加わっています。
- 外部エージェントとの接続(実験的) — Claude CodeやCodexのようなMCPクライアントが、ユーザーの権限でPaperclipに接続し、タスクを作ったり、署名付きのイベントWebhookを受け取ったりできます。
- スキル管理 — GitHubリポジトリからスキルフォルダを取り込んで同期でき、エージェントが会社のスキルを直接更新することもできます。
その代わり、アップグレードの負担は大きいです。直近10リリースのうち7つが互換性を壊す変更(breaking)として表示されています。毎回マイグレーションノートを読んでから上げる習慣が必要です。
Multicaはチームコラボツールとして磨かれています#
Multicaの最近のリリースは、大きな構造変更よりも、コラボレーション体験を磨く方向です。
- ウェイクアップの強化 — コメント、スケジュール、状態変更、PRの変化に反応します
- コストの可視化 — 実行ごと、Issueごとのコストがひと目でわかります
- コラボの使いやすさ — Markdownの表の並べ替え・フィルター、Cmd/Ctrl+Kでのワークスペース切り替え、コメントのパーマリンクが加わりました
- 連携の拡大 — Slack、Telegram、Lark、DingTalkのチャンネルと、GitHub、GitLab、Gitea、Forgejoのリポジトリをつなげます
ライセンスは必ず原文を確認してください#
PaperclipはシンプルなMITライセンスです。持ってきて改造しても、サービスにして販売しても大丈夫です。
MulticaはGitHub上でライセンスがNOASSERTIONと表示され、一部の比較サイトは「ライセンス条件が公開されていない」と書いています。でも、リポジトリのLICENSEファイルを開くと、Apache 2.0に追加条件を付けたMultica Licenseだとはっきり書かれています。
- 組織内での利用は自由 — 複数のワークスペースを使っても、商用ライセンスは不要です
- 外部向けホスティングは制限あり — 第三者にMulticaをサービスとして提供するには、無料でも商用ライセンスが必要です
- UIのブランディングは維持 — Multica UIを使うなら、ロゴ、製品名、著作権表示を消したり変えたりできません
一人で使ったり、チーム内で使ったりする分には問題ありません。でも、Multicaをベースにサービスを作るつもりなら、この条件が決定的な違いになり得ます。
3月の役割分担にもう一度当てはめてみると#
最初に決めた3つの役割に2つのツールを当てはめると、こう整理できます。
| 役割 | Paperclip | Multica |
|---|---|---|
| ドキュメント → タスク連携 | REST API、MCP接続(実験的)でタスクを作成・委任 | multica issue CLIでIssueを作成、JSON出力に対応 |
| 実行・オーケストレーション | ハートビート、組織図、予算、承認で会社単位の運営 | Issue割り当て、スクワッド、ウェイクアップ、オートパイロットでチーム単位の運営 |
| 状態の可視化 | 署名付きイベントWebhookで受信(実験的、HTTPSの公開URLが必要) | CLIやAPIを定期的に取得(ポーリング) |
可視化の部分は差がかなり大きいです。PaperclipにはイベントをプッシュしてくれるWebhookができましたが、まだ実験的な機能です。Multicaは、公式ドキュメントとchangelogで確認した範囲では外部へイベントを送るWebhookがありません。MulticaのWebhookは、オートパイロットを起動するための受信側のトリガーです。
なので、ピクセルアートのダッシュボードをつなぐなら、Multicaでは--output jsonで状態を定期的に読み込むブリッジを作るのが現実的です。
# Multica:Issue一覧をJSONで受け取り、ダッシュボードのブリッジで加工します
multica issue list --output jsonどちらを選べばいいか#
正解はありませんが、こう分けてみると選びやすくなります。
Paperclipが合うケース
- 複数のエージェントを置き、役割とレポートラインまで設計したいとき
- 予算上限と自動停止が絶対に必要なとき
- コーディング以外にも、Slack、デプロイ、ブラウザ作業といった業務を任せたいとき
- MITライセンスで自由に改造し、サービスにしたいとき
Multicaが合うケース
- 人間のチームメンバーとエージェントが同じIssueボードで一緒に働く必要があるとき
- すでに使っているコーディングCLIを、そのまま自分のPCで動かしたいとき
- デスクトップやモバイルアプリ、チャットチャンネルからどこでも作業を確認したいとき
- 大きな構造変更より、小さな改善が頻繁に積み重なるツールが好きなとき
3月のメモの核心は「実行は任せて、自分たちはドキュメントに集中する」でした。その原則は、どちらのツールを選んでも変わりません。自分が求めているのが会社を運営する感覚なのか、チームに同僚を迎える感覚なのかを、まず決めてみてください。その答えが出れば、ツールは自然と決まります。
ちなみに、私は今Multicaを使っています。
参考リンク#
- Paperclip Changelog
- Paperclip v2026.1012.0 リリースノート
- Paperclip v2026.1005.0 リリースノート
- Paperclip v2026.1001.0 リリースノート
- Paperclip ドキュメント
- Paperclip 5分スタートガイド
- Paperclip アダプター概要
- Paperclip デプロイ概要
- Paperclip GitHub
- Paperclip vs Multica(Paperclip公式の比較ページ)
- Multica Changelog
- Multica ドキュメント
- How Multica works
- Multica 対応AIコーディングツール
- Multica スクワッド
- Multica オートパイロット
- Multica CLI
- Multica GitHub
- Multica vs Paperclip vs Claude Managed Agents(Flowtivity、2026年4月)
- Multica vs Paperclip(OpenAlternative)
I have done my best: that is about all the philosophy of living one needs.
— Lin-yutang


